信玄堤

singentutumi
日本三急流の一つ・富士川(釜無川)は、古来から大洪水を引き起こしていました。今から約450年前、信玄公は甲府盆地一帯を水難の直撃から避けるため、御勅使川の下流に「石積出し」「将棋頭」を設け、水流を二分させるとともにその流れを釜無川の本流と衝突させ、合流した水を高岩にぶつけました。さらには水勢を弱めるため堤防の一番堤から五番堤まで各堤(つつみ)を川の中心に向け斜めに突き出し、対岸にも「出し」を設けました。この堤の形体が雁の飛ぶようであることから「雁行堤」と呼ばれ、また、はっきりした直線でない不連続で重複した様子があたかも霞のようであることから、この築堤方式は「霞堤」方式と呼ばれ、今なお河川土木工学の手本とされています。(場所)甲斐市西八幡・実元橋周辺(種類)ソメイヨシノ、70本(見頃)4月上旬
住所
甲斐市竜王1989
山梨県甲斐市竜王